
こんにちは、ファイナンシャルプランナーの橋本です。
経営者のご家族にとって、「相続」と「事業承継」は切っても切り離せないテーマです。
しかし、いざ相続が発生したときに、
「父が会社を継がせたい長男に全部残していたせいで、他の兄弟が納得せず大揉めになった」
「遺言が残っていなかったため、法定相続分どおりに分けざるを得ず、会社の株が細かく分散してしまった」
といったトラブルは決して珍しくありません。
特に、遺産分割で揉めた場合、「遺留分侵害額請求」という言葉が必ずと言っていいほど登場します。
遺留分は、相続人に認められた“最低限の取り分”であり、これを理解せずに遺産配分や事業承継を進めると、後から「そんなつもりではなかった」という事態になりがちです。
この記事では、経営者とそのご家族に向けて、
「遺留分侵害額請求とは何か」
「なぜ経営者の相続・事業承継で特に重要になるのか」
「円滑な相続・事業承継のために、今からどんな準備をしておくべきか」
を、専門用語をかみ砕きながら分かりやすく解説します。
読み終えていただく頃には、「うちの場合は何を準備しておくべきか」がイメージできるはずです。
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<目次>
1.遺留分侵害額請求とは?経営者家族がまず知るべき基礎知識
2.遺産分割で揉める典型パターンと「遺言がない」ことのリスク
3.円滑な事業承継のために経営者と家族が準備すべき3つのポイント
4.まとめ
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1.遺留分侵害額請求とは?経営者家族がまず知るべき基礎知識
まずは、「遺留分侵害額請求」という少し堅い言葉を、できるだけシンプルに整理してみます。
○遺留分とは?
遺留分とは、配偶者や子どもなど一部の相続人に法律上保証された「最低限の取り分」です。
例えば、「全財産を特定の相続人にあげる」という内容の遺言があっても、他の相続人はこの遺留分について、一定の金銭を請求する権利を持っています。
イメージとしては、
「どんな遺言を書いても、さすがにここまでゼロにはできませんよ」という“最後のセーフティネット”と考えると分かりやすいでしょう。
○遺留分侵害額請求とは?
遺留分が侵害されている場合に、「侵害された分をお金で請求する」のが「遺留分侵害額請求」です。
ポイントは2つです。
・“モノの取り戻し”ではなく“お金の請求”が基本
以前は「遺留分減殺請求」と呼ばれ、現物を取り戻す考え方に近いものでしたが、現在は原則として金銭で精算する仕組みになっています。
・請求には期限がある
遺留分侵害を知った時から一定期間を過ぎると請求できなくなります。
つまり、「揉めてからゆっくり考える」のではなく、「揉める前に備えておく」ことが大切です。
○なぜ経営者の相続で特に重要なのか?
経営者の相続・事業承継では、次のような特徴があるため、遺留分侵害額請求が問題になりやすい傾向があります。
・財産の多くが「自社株」「事業用不動産」など、分けにくい資産である
・会社を守るために「後継者1人に株を集中させたい」というニーズが強い
・一方で、他のきょうだい・配偶者にも「公平に分けてほしい」という思いがある
このギャップを埋めるために、遺留分を理解したうえで、遺言や対策を組み立てていくことが、経営者家族にとって非常に重要になります。
2.遺産分割で揉める典型パターンと「遺言がない」ことのリスク
次に、遺産分割で実際によく揉める場面を、経営者家族のケースに置き換えて見てみましょう。
<ケース1:会社を継ぐ長男に株を集中させたいが、他のきょうだいが納得しない>
たとえば、次のような状況をイメージしてください。
・父は中小企業のオーナー社長
・財産の大半は「自社株」と「事業用不動産」
・長男は会社を継ぐ予定
・二男・長女は会社に関わっていない
父としては「会社を守るためにも、自社株は長男に集中させたい」と考えたとします。
しかし、遺言もなく相続が発生すると、原則として法定相続分に従って財産を分けることになります。
そうすると、
・自社株が相続人間で分散してしまう
・経営権が不安定になり、意思決定がスムーズにいかない
・将来的な株の買取や整理に多額の資金が必要になる
といった問題が起こり、会社と家族関係の両方に悪影響を及ぼす可能性があります。
<ケース2:遺言はあるが、他の相続人が「不公平だ」と感じる>
一方で、遺言があれば万事解決かというと、そうとは限りません。
例:
「自社株と事業用不動産はすべて長男に相続させる」という遺言を残した
他のきょうだいには、ほとんど目立った財産が回らなかった
この場合、他の相続人は「自分たちの遺留分が侵害されている」と考え、遺留分侵害額請求を行う可能性があります。
請求が行われれば、長男は他の相続人に対して、一定額の金銭を支払う必要が出てきます。
この支払い原資をどう確保するかを考えていないと、せっかく会社を継いだのに、いきなり大きな資金負担を抱えることになりかねません。
<遺言がない場合の大きな問題点>
繰り返しになりますが、遺産分割で揉めた場合、遺言がないと法定相続分でわけることになるのが原則です。
“会社の将来”
“家族の生活”
“相続人同士の人間関係”
これらを守るためにも、「遺言を書かない」という選択は、経営者にとって非常に大きなリスクと言えます。
3.円滑な事業承継のために経営者と家族が準備すべき3つのポイント
では、遺留分侵害額請求によるトラブルを避けつつ、円滑な相続・事業承継を実現するには、どんな準備が必要でしょうか。
ここでは、特に重要な3つのポイントを整理します。
① 現在の資産状況と相続人構成を「見える化」する
最初のステップは、状況を正しく把握することです。
・自社株はいくらくらいの評価になりそうか
・事業用不動産・自宅・預貯金・保険など、どんな資産がどれくらいあるか
・相続人は誰で、それぞれの法定相続分・遺留分はどのくらいか
これらを整理することで、
「長男にこの割合で株を集中的に渡したい」
「他のきょうだいには、これくらいの金銭や別の資産でバランスを取りたい」
といった具体的な設計がしやすくなります。
② 遺留分を踏まえた「遺言」と「資金準備」をセットで考える
遺留分対策の柱となるのが、遺言の作成です。
ただし、遺言だけを作れば良いのではなく、「遺留分侵害額請求があった場合の資金」を合わせて考えることが重要です。
たとえば、
・自社株は後継者に集中させる
・他の相続人には、遺留分相当額を【現金・預貯金・保険金など】で用意しておく
といった設計をしておくと、トラブルの芽をかなり小さくできます。
具体的な対応例:
・生命保険を活用して、特定の相続人に現金を残せるようにしておく
・不要な不動産を整理して、現金化しておく
・生前贈与を活用して、予めバランスをとっておく
こうした準備は、「法律」と「お金」の両方の視点が欠かせません。
③ 専門家を交え、家族間でのコミュニケーションを図る
相続・事業承継は、制度の話であると同時に「家族の感情の問題」でもあります。
「なぜこのような分け方にしたのか」
「会社を守るために、こういう役割を期待している」
「他の家族にも、こういう形で配慮している」
といった“思い”をきちんと伝えておくことで、遺留分侵害額請求という「権利」があっても、実際に行使される可能性を下げることができます。
そのためには、
税理士・弁護士・司法書士
ファイナンシャルプランナー
などの専門家のサポートを受けつつ、家族で話し合う機会を持つことが大切です。
4.まとめ
経営者の相続・事業承継において、「遺留分侵害額請求」は決して他人事ではありません。
◇遺留分は、一部の相続人に保障された“最低限の取り分”である
◇遺産分割で揉めた場合、遺言がないと法定相続分で分けざるを得ず、会社の株が分散してしまうリスクが高い
◇遺言があっても、遺留分を無視した内容だと、後から遺留分侵害額請求が行われる可能性がある
◇円滑な事業承継のためには、「資産状況の見える化」「遺言+資金準備」「専門家を交えた家族間の対話」が重要になる
相続は、いつ起こるか分からないからこそ、「元気なうちに準備するかどうか」が大きな分かれ目になります。
「うちの会社・家族の場合はどう準備するべきだろう?」
そう感じた今が、具体的な一歩を踏み出すタイミングです。
まずは、ご自身とご家族の状況を整理し、必要に応じて専門家に相談してみてください。
適切な準備をしておくことで、会社を守り、大切な家族の関係も守る、納得感のある相続・事業承継につなげていくことができます。